2016年08月06日

反食べログの店・・・

当店は反食べログの掲示をしているが
極たまに、まったく馬鹿で味音痴で無責任なおっさんが、1度だけやってきて、いい加減な情報を食べログにあげる。
そしてその間違った情報と言うのは、何年もそこに載り続ける。どうでもいいが存在が不快である。
もともとモラルもない、周りも見えない人間性だから、店や他のお客さんへの配慮などまったくないのだろう。

これは当店なんかは、かなりいいほうで、他の飲食店も同様な状況がことが垣間見えるし、かなりひどい目に遭わされているところもあるだろう。
少し評判の立った店や新店に出向き、どうでもいい粗を探し、こうしたほうがいい、この店はこういうルールだ、とすべてを知ってるかのごとく・・
1回だけ来てわかるはずもないのに、1000円前後の食べ物を、したり顔でこきおろし溜飲を下げる。

訪店数を増やしたいだけの自己満足のコレクター。時に荒らしと化す。
飲食店は、コレクターの道具でもストレス解消の的でもない。

まったくもって馬鹿舌なのに、理にかなってない驚くべきケチをつけてくる。
原価のこともまったくわかってないのに偉そうにコスパうんぬんを述べ始める。
私は、外食を食べる側として20年、10年前には、夢ではあったが現実的に飲食店側の立場になるとは思っていなかった。
その食べ手の頃から、食べログレビュワーの横暴さには目が余ると感じていた(ただ、本当に少ないけど良いレビューを書く方も存在する)
そして食べ手から、作り手となり、作り手の気持ちがわかった時に、食べ手としての自分を反省した点もあった(それはまた別の機会に述べる)

本来、味とは好みのものであるのに、一度だけの来店で、的外れなケチを、わざわざつける必要があるのか?しかも意味不明な点までつけて。
もちろん、本当にひどい店もあるだろう、そう言う店はある程度どこかで何かを書かれても仕方がない。
しかし、実際は多くの店がお客さんに美味しいものを食べて喜んでもらおうと、志高く、与えられた環境内で、できる範囲で精一杯がんばっているはずだ。
それは飲食だけでなく、どの仕事にもいえることだが。なぜか昔から飲食だけ表だって点数化される(特にラーメン店は敷居が低いからか、色々書かれて可哀そうだと思う)

まったく味を理解するレベルに到達してないのに、あたかもプロより自分の味覚が正しいかのような皮肉じみた文章を書いて点数を付けることの傲慢さ。
こういう類に限って己は紳士だと勘違いすらしているから性質が悪い。
狭い店で食べる前の記念の1枚ならまだしも、アップの写真やら角度を変えて何枚も撮ったり、その場でノートPCで作業始めたり・・・
食卓にて、親からどういうしつけをさえたのかとすら思う。
周りのお客さんの迷惑をかんがえたことがあるのだろうか?→当然ない、悪いと思ってないから・・・

唐突だが、バブル世代の50代は人から怒られたことはないのか?と(勿論、尊敬できる50代も多いが、割合的に妙な方が多いと食べ歩き歴20年の私は様々な店の記事を見た上で思う)
弊店も、御蔭様で9割がた、マナーの良いお客さんに恵まれており、ありがたい限りだが、たまにやってくる
妙な食べロガー(コレクター)には辟易する。
弊店の場合、口コミがメインのようで、食べログを見て来るお客さんは少ないのだが。
どうしても検索上位に引っ掛かるので、見る方もおられるだろうが、まともな人なら、この人おかしい・・・というレビュワーに気付くだろう。
色んな店でケチばかりつけてるレビュワーを・・・
そういうレビュワーに限って、知り合いや特別扱いしてくれる店は、当然、星が2つくらい増える。皮肉などは一切、影を潜め・・・
食の本質は味であるのに、そこはおろそかにしてでも星が増えるのだ。

何にせよ、人の店、仕事に点を付けると言うことは、当然、自分(レビュワー側)も付けられてもいいということだろう。
あなたの仕事は何点ですか?常に5点満点ですか?人としても星いくつですか?
勤務先にて仕事ぶりを拝見して点数をつけてもよろしいですか?

大抵の店は、風説の流布にも耐えダンマリを決め込んでいる。
売り上げが落ちるのを恐れて、食べロガーや運営へ、問題定義もできずスルーしたまま、ずるずる来ている。しかし、それが美徳なのか?
食べログレビュワーのクレームなどは主観に過ぎない、自分が店側へ行った失礼や都合の悪いことは書き込まず、すべて店にトラブルの発端があるかのように見せて書き立てる。
私の師匠の店でもそういうことはあった。
その食べロガーは、店の善意を踏みにじったのは自分なのに、今までの訪店では高得点をつけていたのを手の平を返し、星を消した。一方的に店を悪者に仕立て上げて・・・
有名レビュワーの俺を怒らせたな、目にモノを見せてやるということだろう。ちっぽけすぎる・・・

残念なことに悪い情報は、目立つし、人はそこのほうに目が行きがちだ。それが嘘であっても。
店側は、みんな生活がかかってるのに、そんなことは書く側は露知らず、いざとなれば、あくまで
素人の個人的意見と言う盾を使い、匿名で小さな個人店へ言いたい放題だ。それで実際になくなった店もある。
店側が我慢して、だまってる時代はもう終わったと思うが。弊店に限っては2015年で終わりだ。

ところで弊店でも、たまにバスマティ米を使うときがあるが、それは香りを一緒に食べてもらいたいビリヤニやプラオの時が多い。
通常のカレーの自分のレシピでは、インディカ米は香りが強すぎる。言い方はわるいが臭いのだ。
これでは合わせた時に、カレーが負け、おいしくはならない。日本米は逆に、すっとクセなく受け止めてくれるのだ。
一時的なミールスかぶれで、舞い上がったのかおっさんが、「日本米の限界」などと的外れなことを書いてて
馬鹿野郎と思ったよ。デリカシーのない偉そうな書きっぷりだ事、と。
なんだその断定的な書き方は?と。
こちらは別に流行りのカレーをめざしている店ではない。インド式を常にやることに意味を感じない。
たまに、限定的に北インドの味丸出しをすることはあるが、それは師匠の味を食べてもらいたいだけで、ルーティンでやる気はない。
本当のインド式をやってインド人に勝てるわけがない。彼らは母親の作ったそれを毎日食べて育っているからだ。
しょせん我々は、インドの長年の知恵を借りて、自分の味を作っていくことしかできないし、実際多くの日本人シェフはそういう考えで独自の味を追求している。
日本人が毎日でなくても毎週、食べたいと思えるカレーを作ろうと。
日本の地で、日本の気候で、日本人に合うカレーを考えているのに、インディカ米ではお客さんは
また来てくれない。
こちらは、国産米の中でも当然、自分のカレーに合う品種を何度もテストした上で選択し、水加減なども考えている。
インディカ米に合うように作ってはいないし、残念ながら合わないということだ。
カレーはファッションではない。合わないものは合わない。

手羽元も当然、うま味が抜けきるまでは煮込んでるわけがないし、スプーンで食べる店なので手が汚れると言うお客さんはいない。
それこそ味の薄い軟骨まで手を汚してまで、かじって食べる人は、ほぼおられない。
私もおいしいと思わないので、手羽元の端の軟骨をはずしてまで食べたことはない。
食べるのは自由だが、自分の意思で手を汚したなら手を拭けばよいだけのことだ。
手羽元のうま味を感じないのは本人の味覚に問題があるだけだ。店に利があり、客に利が無いとかアホかと。
単に骨の周りの肉の方が味が良い。それだけである。骨から外れるまで煮込んでも、まだ味が抜けることはない。
さらに、あたかもどの店でも手羽元を使ってる店は原価をケチってるような口ぶりだが大間違いだ。
多くのインドネパール料理店が使っている骨なしの○○産モモを使った方が安い。
原価ケチるなら国産手羽元なぞ使わない。
実際はチキンカレーは一番作るのに時間がかかり、コスト高なのだ。なので、あまりの暴言に呆れてしまった・・
ここまで増長して好き勝手、のたまう輩をスル―して黙っておいては、それこそ罪。不幸なお客さんを生む。
尚、弊店は5席でなく6席であり、2人体制の際は、なるべくお客様が過ごしやすいよう努めているが、店の構造上、客席側へ出て下膳するには
奥のお客様に席をお立ちになって頂かなければならない。それも、普通の人なら一目で理解頂けるものだが、周りを見ず、客の俺に下げさせるのか、という時代錯誤も甚だしい感覚の方は弊店は向かない。

無責任で的外れで恥ずかしい発言は、いい年なんだから、やめてくれ、とカレー屋のおっさんは、この食べロガーのおっさんに言いたいわけだ。

もちろん、食べログには本当に食が好きで純粋に良いレビューを書いてる方もいるので完全否定はしないがキリがないので、反食べログの姿勢とさせていただいている。
何にせよ、食べる側は情報に流されず、自分の味覚を信じて自分の好みの店を探してくださいということです。
反食べログという掲示が店内にあることを以前から御存知のリピーターのお客様には言うまでもないことでしたが、いつかその理由を提議せねばなりませんでした。
長文御容赦くださいませ。
これからも正面からカレーに向き合って、皆さまが喜んで頂けるよう勉強して参ります。
初めての方も、少し変なのは否めませんが、まったくもってこわい店ではありませんので御安心してお越しください。おひとりさま、おふたり様向けの店で、本当にカレーが好きな方は歓迎です。
ただ、皆様には、少しでも気持ち良く過ごして頂きたいだけです。

人としては星2つ☆☆のマズターより
posted by 全国食べ歩き孤食のグルメ歴20年ダメヤ マズター at 08:00| 日記